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「それではこれで終わりましょう。委員長、号令を」

「きりーつ、れーい」

 がたっ、がたがたん。

 ありがとうございましたーっ。


 いつもの調子で委員長が号令を発し、皆はそれに、適当な礼を返す。
今日の授業は、これで全て終わり。
俺たちは、ようやく街へ繰り出すことができる。
 今日は七月七日。
堪え性のない彦星と、親父が頑固な織姫が、年に一日だけ再会を許される日。
また、毎年学校近くの広場で、七夕祭りが行われる日でもある。
KPSに通う生徒の殆どが、今日という日を待ちわびたであろう。



「おうオレンジ。今日はさっさと帰るでぇ」

 教室のロッカーで荷物を整理してる時、上から訛った声がかかる。
こんなけったいな言葉を使う時点で、おおかたは見当が付く訳だが。
悲しきかな、人間というのは名を呼ばれると反応してしまう生物らしい。


「……珍しいな。お前の方が早く終わるなんて」


 見上げた先のタケウマの友――マサキに返答しつつ、俺は必要な物と不必要な物を分けていく。
奴の担任はホームルームが長いことで有名だったが、今日は珍しく終わりが早かったらしい。


「まぁイベントがイベントやからね。担任も早く終わらせたかったんちゃう?」

「なるほど。先生まで浮かれてるのか」

「まあそんな事はどうでもええやん。さっさと帰ろうや!」

「良かぁないだろ……荷物ぐらいまとめさせてくれ」


 マサキの要望に応え、荷物を手早くしまって立ち上がった。
いつもより騒がしい廊下を、下駄箱に向かって歩き始める。
聞き耳を立てずとも、そこら中祭りの話題で盛り上がっているのが判る。

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「いやー。ワイさぁ、今日が楽しみで楽しみで、最近ロクに寝てへんねんやんかー」

「聞かれても知らないけどさ」

 昇降口で靴を履き替えながら、マサキが喋る。
その言葉に偽りはないのだろう。
ちらっと見えたマサキの目の周りは、薄墨でも塗ったような暗い色をしていた。

「つーかさ、ちゃんと寝なかったら今日眠くなるんじゃないのか?」

「いや、屋台のこと考えたら眠気も吹き飛んでしもうてな。今日は眠れそうにないでぇ?」

「お前毎年半端ない量食べてるけど、あんなに食べてよく飽きないよな」

「それが飽きひんねん。この辺にはたこ焼き屋とかお好み焼き屋とかないからな〜。
 祭りにでもならんと故郷の味が食えん訳よ」

「ああ。そういやお前ハナダ生まれじゃないもんな」

「そうそう。せやから毎年屋台は見逃せへんねん」

「食べ歩きもいいけどさ。今年のポケモン花火、どんなんだろうな」

「あぁ、去年はピカチュウやったな。プリンとかやったらかわいいやろうなぁ〜」


 校門へと向かう並木道を通りながら、これからいく予定の祭りへと思いを膨らませていく。
ポケモン花火というのは、名前の通りポケモンの形に炸裂する打ち上げ花火の事。
子供向けと侮ることなかれ、これがなかなか精巧にできていたりするのだ。
――舞い上がる大輪の花。白煙を噴出し、夜空を駆け上がる地上の煌き。
そしてフィナーレを飾るべく一際高く上がった一閃が、轟音と共にピカチュウの形に――。
……これが去年の祭りの締めだった。

 余談ではあるが……あまりに出来が良すぎて、子供が

「うわ〜ん! ママー! ピカチュウが! ピカチュウが爆発しちゃったよぉ〜!」

 ……と泣き出したという、ちょっとした伝説が残っている。
俺はこの花火を見る為だけに、七夕祭りに行くと言っても過言ではない。
自然と、俺の足は踏み出す速度を速めているのだった。


「……ん? アイツは……」


 隣をスキップしていたマサキが、ボソッっと呟く。
同時に足が止まった。何かあったのだろうか。
マサキの表情からは笑みが消え、普段は見られない真剣な顔をしている。

「どうした。跳ねすぎて足でも挫いたのか?」

 不思議に思いながらも、とりあえずあてずっぽうに推測してみる。
あてずっぽうというものは、強大な力を俺達に与えてくれることがあるのだ。
主にテストの時。


「……………………」

「おーい。マサキー?」

「…………お、おう。なんや?」

「いや、急に止まったのはマサキだろ? 何かあったのか?」

「特に何でもないんやけ――あーっと。すまんなオレンジ!
 忘れてたけど、ワイちょうど今から予定入ってるんやったわ。
 ゴメンやけど祭りには行けそうにないなぁ」

 早口で言い切り、両手を顔の前で合わせて上下させるマサキ。
今なんと言った? 予定が入ってる? 祭りに行けない?
よし――。突っ込むぞ。突っ込んでやる。関西弁は不慣れだが、致仕方在るまい。 
カウントダウン開始。
3。2。……1!


「なんでやね〜んッ!」

「ドゥフ! ナイス突っ込みやオレンジ!」


 手の形、突っ込む場所、タイミング、何もかもが正確に決まった。
俺って、案外芸人の才能あるんじゃないだろうか。
……って、そんな事を考えてる場合じゃない。


「いやいやいや。マサキ君はどうしてこのタイミングで予定入れるかな」

「すまん! このとーりや。堪忍したってぇな〜」


 マサキはさらに深く頭を下げてくる。
本気で謝っている相手に、悪口雑言を浴びせるわけにもいかない。
これ以上追求する訳にはいかなそうだ。


「……入れちまったもんは仕方ないな。遅れんなよ」

「いやぁ、ホンマにすまんなぁ。明日アイス奢ったるさかいに! ほな、また明日!」

 そう言い残し、マサキは研究棟の方へと走っていってしまった。


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「まぁ、がんばりぃや……っと」


 オレンジが見えなくなるぐらい走ってから、一息ついて呟く。
オレンジと並んで歩いとる時、偶然にも校門の近くに見知った顔を見つけた。
そいつは一人で校門におった。今日の日付と、普段のオレンジに対する態度から、
誰を待っとるんかはすぐにわかった。せやから用事があるフリをして、お邪魔虫は消えたっちゅーわけや。

「しっかし……今年の屋台はあきらめるしかないか」

 用事がある言うた手前、祭りに行って鉢合わせになるんは気まずい。
まぁ、一世一代の大博打を、ワイなんかの所為で無碍にする訳にも行かんやろ。
うん。人助けやと思たら、そうそう気分の悪いことでもあらへんな。

「……ナツメちゃんでもからこーて、暇つぶしするか」

 今年入ってきた新入生は、おもろい奴やった。
何しろ、ふざけて聞いた質問に真顔で答えよるんや。
ネタにマジレスっちゅーのはこういうこっちゃね。
……え? ○ちゃんねる? ワイはそんなとこ行きひんで。


「ふふん。なんやワクワクしてきおったわ」


 ワイは研究棟に向かって走りだした。
脳裏に、おもろい新入生の顔を浮かべつつ。


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「はぁ……」


 さっきから何度目だろうか。俺の口を長い溜息が通り抜ける。
一人で祭りに行く。これほど、傍から見て悲しい絵はないだろう。
しかし、花火は祭り会場へ行かないと見られない。

「どうすっかな……」

完全な二律背反。溜息は、悩む時間に正比例するのであった。


「おーい、オレンジー!」


 おぉ。昔の人の格言を思い出したぞ。


  "困った時はコイントス"


 表が出たら一人でも祭りに行く、裏が出たら大人しく帰寮ってことで。


「オレンジってばー!」


 俺はポケットから取り出した小銭を、親指の上に載せて弾いた。
キィィンと澄んだ音を立てて上昇したコインは、ある程度の高さで自由落下に切り替わり下降してゆく。
落下するタイミングを見計らって、左手の甲と右手の平でしっかりとキャッチする。


「オレンジー? 聞こえてないの?」


鬼が出るか蛇が出るか、こういう瞬間が一番ドキドキするんだよな。
って、だめだ。鬼と蛇じゃどっちもディナーになる以外ないじゃないか。


「ちょっとぉ、無視しないでよー」


 こういう場合は鬼が出るか仏が出るか、だったな。たぶん。
さて、そろそろ何が出るか確かめてみるか。目をつぶって、右手をそっと上げていく。
覚悟を決めると、一気に目を開――。


 ――く直前に耳を万力で引き千切られる感覚!

「オレンジぃぃいぃ! 反っ応しなさぁぁぁい!!!!」

 劈け轟音!響け爆音!ブロークンでイヤーがハイパーボイス!

「のぁぁぁぁあうるせぇぇぇえぇ!!!……ってあれ?」

 なんか、カスミがいる。鬼でもなく、蛇でもなく。
……どう頑張っても仏には見えないな、うん。

「オレンジ……この私を無視するなんていい度胸してるじゃない?」


……前言撤回、これは鬼かも判らん。
仁王や般若と書いても、三角ぐらいもらえるかもしれない。


「いや、そのですね。やだなぁ無視する訳ないじゃないですか。
 気付かなかっただけですよ? 僕が不徳なばっかりに、ええ」

「あら、そうかしら?……大体ね、私がどれだけアンタを待った――じゃなくて!」

「……俺を? 待った?」

「い、いや、だからそうじゃなくて! ……ってあれ? マサキは?」

 しめた、マサキに注意が逸れたぞ。ありがとうマサキ。
いや違う、ありがとうマサキの用事よ。願わくばもう少しマサキを拘束していてくれ。

「マサキならちょっと手前の方で分かれた。なんか用事があるってさ。」

「あいつ……。そんなの良いのに……。」


 遠くを見つめながら、カスミは何かを呟いた。
しかし所詮は呟き。俺の耳に届く前に掻き消えてしまう。


「ん? 何か言った?」

「なんでもないっ。それよりオレンジ、アンタはどうすんの?」

 どうすんの、か。
実はさっき、カスミに驚かされながらも、コインの表裏はちゃんと見ていた。
結果は表。つまり、祭りに行く。……1人でも。


「祭りに行こうと思う。……1人でも」

「ふ、ふーん。ひ、一人で祭りだなんて、よくそんな寂しい事が出来るわね」

「まぁ、仕方ないさ。花火見たいし、祭りにも行きたいんだよ」

 言い終えた瞬間。カスミの顔に、妙な笑みが浮かんだ
嘲りか? それとも同情? はたまた苦笑? いや……安堵?
確認する間もなく笑みは消え、カスミはひとつ呼吸をおいて――

「どうしても……って言うなら、私が付いて行ってあげても良いけど?
 ……べ、別に私が一緒に行きたいんじゃないけどねっ!どうしても、って言うならよ!」


 ――なんて言いだす。心なしか、顔が赤いのは気のせいか?
しかし良く判らない奴だ。てっきりクラスの友達と行くものだと思っていたのに。
でも、今の状況でこう言って貰えるのは、かなり嬉しい。
この際、理由とか深い意図とか突っ込まず、是非一緒に行かせて貰おう。


「マジで? 超助かる。俺もさ、一人で回るの寂しいなぁって思ってた所なんだ。
 カスミも1人か、丁度よかった。お互い都合良いし、この際2人で行こうか」

「はぁ!? な、何誤解してんのよ! いい?
 アンタが寂しいって言うから、私が一緒に行ってあげるだけなんだからね!?」

「あー……嫌だったらその、無理に付き合ってくれなくても良いんだぞ?
 一応1人で回るつもりでいたし。友達と行く約束してたんなら、そっちを優先してくれ」

「ふ、ふんっ! べ、別に強がらなくても良いのよ!
 アンタが1人で祭りに行くのは寂しいだろうと思って、待っててあげたんだから!」

「お前、意味判んないぞ。……まぁいいや、行こう。はぐれんなよ?」


 カスミに背を向け、公園へ歩き出す。
早めに行かないと、祭りをゆっくり楽しむ間もなく花火大会が始まってしまう。


「ちょ、ちょっと待ちなさいよっ」

 ちょっと遅れて、カスミが隣に追いついた。
さっきまでマサキがいたポジションに、今はカスミがいる。
違和感がないではない。が、それはそれで、心地よかったりした。

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「……今、カスミ先輩がオレンジ先輩に告白……もとい、祭りに誘いました」

「おーおー! ついに言いよったで! んで? んで? オレンジはなんちゅーたんや?」

「快諾したようです。お二人とも、公園に向かって歩き始めました」

「うっひゃー! これはもうすぐカップル誕生やないか! 
 なぁなぁ、なっちゃん。せっかくやし俺らも祭り行かへん?」

「行きません。それとなっちゃんって誰ですか」

「なんや、つれへんやっちゃなー。よっしゃ、せやったらもう少し実況してくれ」

「わかりました。私もお二人の動向は気になりますので」

「にしても、なっちゃんのエスパーにこんな機能があるとは思わんかったわ〜」

「これはテレパシーの一種で、オレンジ先輩の思考をそのまま受信しているだけです。
 ですから、さほど難しいことではありません。……だからなっちゃんって何なんです」

「ふーん。ようわからんけど、便利やねー。流石なっちゃん」

「ですから、なっちゃんとは誰の事を」
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 遠くから聞こえる祭囃子。
 大勢の人々で賑わう広場。
 辺りを走り回る子供の声。

 どれも『祭り』を祭りたらしめるものであり、同時に俺もその一部であることを実感していた。
茜空は暗転し、満天の星々が輝いている。


「ねぇオレンジ、大食い大会やってるらしいよ。出てみない?」


 既に、あらかた回ってしまっている。
特設ステージの近くを通りかかった時に、カスミがそんな事を言ってきた。
大食い大会。出たくないわけではない。
しかし、あれは魔の潜む競技だ。おいそれと出場できるようなものではない。


「やめとく。去年マサキが出たけど、半分死にかけてた」

「あはははは。マサキらしいねー」

「まあ、俺らシロウトはたこ焼きでも食ってろ、って事だ。カスミも食べる?」

 俺は、手に持っていた12個入りのパックをカスミに差し出す。


「あ、食べる食べる。いただきまーす」


 カスミは爪楊枝でたこ焼きを刺すと、そのまま口の奥深くへ放り込んだ。
あーあ。やっちまったよ、この娘は。


「あひっ……ぅあふい、あふいっ!……んー、んー! んーー!!!」

「大丈夫か? ほれ」

「ふぇ……ありがと……」

カスミは目の端に涙を浮かべながら、俺の渡したジュースを必死に飲む。
全部飲みきらんばかりの勢いだ。少し間を置いて、カスミがものすごい勢いでジュースを見やる。


「ちょっ……これ、アンタのやつ!」

「そうだけど。どうかしたか?」

「か、かか、か、間接じゃない……ばか……」


 なんか睨まれた。頬が真っ赤なのは夜目でも判る。
上目使い、潤んだ瞳。そのどれもが、俺を困惑させる。
立つな、立つんじゃない俺のジョー。


「うっ……そ、そんなの気にしないだろ! むむむ昔から結構やってるじゃんかいろいろ!」


 考えなしにジュースを渡した俺だったが、そう言われてやけに恥ずかしくなってきた。
おかしい……。今日のカスミは……やけに、可愛い。
だから立つなと言ってるだろうに。落ち着くんだジョー。

「カ、カス――」

 俺が、名前を呼ぼうとした時。
大食い大会の終わりを告げる、司会者の声が響いた。

「優勝は……コガネ出身、タマムシ学園のアカネちゃんだぁぁっ!
 そのロリっぽい体型からは想像もつかない結果に、会場も驚きの渦に包まれているぞぉおぉっ!
 さぁ、優勝のアカネちゃん、一言どうぞ」

「いやー、美味かったわぁ。これ、ホンマにタダでええのん?」

「もちろん! お3方、友情出演ありがとうございます! これからもお元気で〜っ!」

「ほな、またな〜。兄ちゃん、ミカンちゃん、帰ろかっ」

「アカネちゃん大丈夫? お腹壊してない?」

「あははっ、大丈夫に決まっとるやろ。ウチにかかればこんなん朝飯前やで」

「……朝にこんな食べたら、僕死ねると思う」

「兄〜ちゃんはひ弱やなぁ〜! ほら、もう一軒行くで!」

「また〜ぁ!? もうダメ、もう限界だってばぁぁ」

「つべこべ言わず! ミカンちゃん、足持って」

「うんっ! 行きましょう、先輩」

「誰か助けてぇぇ……」

 ……元気だなぁ。
マサキのような言葉遣いの少女――もしかしたら、奴の知り合いだったりして――に、
俺と同年代の、大人しそうな男の人が引きずられている。よく見れば結構イケメンだ。
その傍らには白いワンピースを着た、これまた可愛らしい少女が。
ちくしょうイケメンめ、羨ましいぞ。



「……あ、大食い大会終わったみたいよ。 もうすぐ花火じゃなかったっけ?」

「そ、そ、そうだな。そろそろ場所取りするか」

 カスミは、いつものカスミへ戻っていた。
……いや。そもそも、俺は何を言おうとしていたんだ? 思い出せない。

 まあ、忘れる程度の事なんだろう。
さっさと場所取りしてしまおう。

「人が多いからな。迷子になるなよ?」

「…………! うん!」

 2人で河川敷へと向かう。
右手に、カスミの温もりを感じながら。
手汗が止まらないのを、悟られないかが心配だった。

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「……あ」

「どうしたんや、何かあったんかいな?」

「いえ……。オレンジ先輩の思考から、カスミ先輩に対する恋愛感情が検出されました。
 微量、かつ一時的ではありますが」

「ちょ、キタコレ!」

「……なんですか?」

「や、なんでもあらへん。
 それで、今二人は何やっとんの?」

「手を繋いで河川敷へ向かっています。恐らく花火の場所取りかと」

「て、手ぇ繋いどるやって!? 何を悠長なことをしとんのやあのアホ!
 男やったらちゅうぐらいせんかい、ちゅうぐらい!」

「落ち着いて下さい先輩。ここで騒がれると巡回に発見されます」

「騒がんといられるかい! どんだけや、どんだけ奥手やねんオレンジッ! うおぉぉぉぉぉ!」

「あ、ちょ、ちょっと先輩! どこに!」

「河川敷や! 暢気に見ておられへん! ほなな!」

「出て行ってはいけません! ……待ちなさい、先輩!」 

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「……綺麗だな」

「ええ……そうね」


夜空の彩りも終幕近く。次々と打ち上げられていく花の種。
轟音と共に開く大輪の花は、瞬き出来ないほどに美しい。
その美しさを、どうにか言葉で言い表そうとしたが、出来なかった。
いや、花火というのは心で感じるものなんだろう。
言い表せないのではない。そこに言葉は必要ないのだ。
花火を見る時に用いられる『言葉』は、花火の美しさを表す為のものではなく
隣で一緒に花火を見ている人と、その美しさを共感しあう為のものだと思う。


「そろそろね」

「ああ。どんなのか楽しみだ」

 最低限の言葉で会話する俺達。
毎年来ている人は、大体の流れがつかめている。
四尺、五尺が連続で上がった後。少し間を置いて、本命のポケモン花火が来る。


「上がらなくなったな」

「いよいよね」


 しん、と静まり返った群集。
呼吸音すら聞こえない。まるで、真夜中の森のよう。
その空気を裂くように、一条の光が夜空へと翔けあがった。

 ひゅるるるる……と、鋭く風を切る音。
音が止み、一瞬置いて――弾けた。
鋭角が5つ星型に散り、そこでまた炸裂する。


「……これ……!」

「……良かったね、カスミ。おめでとう」


 フィナーレを飾る最後の1玉。
今年のポケモン花火に使われたポケモンは――ヒトデマン。

 俺が『おめでとう』と言ったのは、それなりの理由がある。
いつから言われだしたのかは知らないが、物心つかない頃から、こんな噂を知っていたから。

『ポケモン花火に自分のポケモンが出たら、その人は一年間を幸せに過ごすことができる』

何処にでもありそうな、誰でも考え付きそうな、話。
けれど。それでも。カスミは、泣いていた。笑いながら。


「……そんなに嬉しかったのか?」

「うん……今年ね、ひとつ決心したことがあるんだ。皆、すっごく応援してくれてね……?
 そしたら、花火にも応援して貰って……応援して貰えるって、思ってなかったから」

 カスミは右手で涙を拭い、俺の方を向く。
俺の目を見ず、俯きがちに、こう言った。

「今日……私と回って、楽しかった?」

 ……そんなの、判りきってるだろ?
退屈するヒマもなかった。マサキといるよりもよっぽど楽しかっただろうに。
決まりきった答えを、口に出す。

「楽しかったに、決まってるだろ」

「そう……良かった。……じゃあ、また明日!」

 俺が答えるか答えないかのうち。
カスミは満足そうな笑顔を俺に見せ、手を振りながら走り去った。

「ちょっと、待……」

 俺が追いかけるよりも早く、人ごみに紛れてしまう。
悪魔蝙蝠の幽霊も真っ青だ。

「ったく、何なんだよ……」


ちゅうや〜! ちゅうせぇよ、おんどらぁ……っ、黙りなさいマサキ……
……ッッ!!! モガッ! モガモガモガー!!!!
あーあ。また使っちゃったじゃないですか。
先輩が暴れるのがいけないんですよ? さぁ、帰りましょうね。


酔っ払いが暴れたのだろう。遠くの方が騒がしい。
巻き込まれたら敵わない、さっさと帰るとするか……
寮へ向かって歩き出す。隣に、カスミが居ない違和感。


じゃあ、また明日――


そう言って見せた笑顔は、今日見たどの笑顔よりも、輝いて見えた。
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