キクコはカレンダーを眺めると深いため息をついた。
「もう八年になるのかい。歳を取ると時間が早く過ぎる気がするねぇ」
こんな体になってから、もうそんなに歳月が経とうとしていたなんて。
はぁ
ついため息がもれてしまう。

椅子にもたれ掛かり天井につぶやく。
「なんでこんなことになったんだろうねぇ」
このことを考えた途端、あいつの顔が浮かんで来た。

「そういえば、今頃あいつは何処で何しているんだろうねぇ?」
キクコはそばにいたアーボックにそっと手をあてた。

八年前

「アーボック、ようかいえき!」
「ピカチュウ、高速移動だ!」
アーボックの口から放たれたようかいえきをぎりぎり避けてピカチュウはアーボッ
クとの間合いを詰める。

「今だ!10まんボルト!」
放たれた電撃は猛スピードでアーボックに襲い掛かる。
「そうはさせないよ!アーボック、みがわり!」
身代わりで間一髪電撃を避けたアーボックは尻尾を振り回しピカチュウとの間合いをとる。

はぁはぁ

二人の荒い息遣いが聞こえる。
一人は50を越えているであろう年老いた女性
一人は赤い帽子を被り、顔にまだ幼さを残した少年

二人の手持ちポケモンはこの一匹ずつだけとなっていた。

「はぁはぁ、アーボック、ようかいえき!」

アーボックは再びようかいえきをピカチュウに目掛けて吐き出す。

「かわすんだ、ピカチュウ!」
「させないよ!アーボック、へびにらみ!」

先程同様にぎりぎりでかわそうとしたが、へびにらみで体の自由が奪われたピカチュウにようかいえきが直撃する。
ピカチュウの体が技の反動で宙を浮き後方に吹き飛ばされた。

「アーボック、とどめのかみつく!」
容赦なくアーボックはピカチュウとの間合いを詰めていく。
「頑張れピカチュウ、でんこうせっかだ!」
ピカチュウは地面への着地とほぼ同時にアーボックの方へ向かう。

アーボックのかみつく瞬間、ピカチュウはその体をひねり紙一重でかわし、アーボックの首もとへへばり付いた。
「ピカチュウ、かみなりだ!!」

白い光りがバトルスタジアムの中を埋め尽くした。

光りが消えた時そこに見えたのは戦闘不能に陥ったアーボックとかろうじて立っ
ているピカチュウの姿だった。
「アーボック戦闘不能、よって勝者、挑戦者!」
審判の声が響いた

私は糸がきれたかのようにその場に座り込んだ。

もう、全てがどうでもよくなった。
小さい頃からこの場に立つ事にあこがれ
自分のすべてをここに賭けて、ようやく立った舞台。
今まで審判に名前を呼ばれなかったことはなかった。
それが生きがいだった。
だが今、私以外の名前が呼ばれた。

もう何も考えられなかった。

あいつがピカチュウをボールに入れてこちらに向かってくる。
私に手を差し出した。
奴の唇が微かにうごいた。
その言葉はやさしく、人の暖かみがあった気がした。
私の目から涙が溢れていた。

「今、なんと言った?」

私はその言葉が知りたかった。

「教えてくれ、何と言ったのだ?」

だんだんと背中が遠ざかっていく。もう手を伸ばしても届かない。

「レッドーーー!!」

ガタン。
椅子がバランスを崩して倒れそうになったが急いでバランスを取り直す。

目を覚ました私はいつも通り校長室にいた。
どうやらあのまま寝てしまったらしい。
「何だか懐かしい夢を見たきがするねぇ」
あの後、気がついたら私はもうこの体になっていた。
私は心の奥底で失った時間を取り直したいと思っていたのかもしれない。
それが、あいつの言葉が引きがねになり…

このことをいつ考えても答えは出てこなかった。
あいつの行方もワタルに挑戦したあとからずっとわからない。
噂どおりならばもう死んでいるやもしれない。
しかし、私は信じている。奴は生きていると。

キクコは体いっぱいにのびをすると椅子から立ち上がった。

「さて、せっかく若返ったんだし、ちょっとは楽しむかのぉ」

私はこの体になったことを後悔していない。

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